お客様に対してのっけから失礼なタイトルで恐縮ですが、
工房にお持込頂いた時の状態は、まさにジャンク品。
今回はそんなベース(の形をしたもの)を
楽器として復旧させるレストア作業をご依頼頂きました。
どう見てもプレシジョンベースなこのベース。
フェンダーではなく、YAMAHAのPULSER600というモデルです。
YAMAHAのギターやベースには珍しい、
他社のデザインに酷似したモデルです。
もちろん現在では生産されていないモデルで、
このベース自体はご依頼主が学生時代に使われていたとのこと。
その後20年以上使用されず、この状態だそうです。
ピックガードは割れていて、ボリュームやトーンのナットやノブが欠品。
弦が張られていないどころか、
ブリッジのサドルが見当たりません・・・。
その後お客様のご希望をお伺いしながら、
色々なご提案をさせていただき、
今回は元に戻すのではなく、
ある程度モダンな要素も取り入れながら、
しっかりと「使える」ベースを目指すことになりました。
まずは、
1番手間のかかる部分から復旧していきます。
元のピックガードは、ジャック穴を中心に割れてしまっています。
プレべの弱点の一つと言えるかもしれません。
特にベッコウ柄のような柄物は、
その一部にセルロイドなんかを使っているため、
経年変化で硬化、縮みを起こし、割れやすくなる場合があります。
そこでピックガードを新調することになったのですが、
元のピックガードは変形が大きく、
採寸すら出来ない状態。
もちろんフェンダー社のものとも形状は全く異なります。
そこでもう腹をくくって、
新しい型をボディに合わせて作ることにしました。
プレべピックガードはサイズも大きく、
ボディのカーブやネック部分、
さらにはピックアップの部分など、
位置合わせや形状合わせを正確に行う必要があります。
図面の無いボディに対して、
それらを全てバチッと合わせる作業は簡単ではありません。
1か所1か所確認をしながら時間をかけて進めます。
こうして形状はもちろん、
ビス穴の位置もほぼピッタリな型を作成し、
次の工程に進みます。
今回のレストアを期に、
元の1Vol.1Toneのパッシブ配線から、
アクティブの2BandEQを搭載したサーキットに変更をします。
そこでピックガード型上で、
新しいコントロールノブやジャックの位置を決定。
その位置に合わせ、
キャビティの拡張作業を行いました。
アクティブサーキットの配線は複雑になりますので、
この段階で配線材の取り回しや基板の位置などしっかり頭でシミュレートしながら、
必要なキャビティ形状に拡張します。
そしたら一旦剥がれてしまった導電塗料を塗り直し、
ボディ側の加工は完了。
新しいピックガードもベッコウ柄。
製作した型を基に大まかに切り出し、
その後トリマールーターでならい加工をします。
何種類かのビットを駆使し、
外周の面取り加工やピックアップ穴のくりぬき加工等したら、
目に見える部分の研磨仕上げ。
こうしてトリマービットの刃の痕を消し、
かつ研磨傷も見えないところまで細かくすると、
高級感あるピックガードが完成します。
配線はこんな感じです。
バッテリーは背面にバッテリーボックスを増設し収納。
プリアンプはBartoliniのNTBTを採用。
癖のない2バンドEQが特徴の定番プリアンプですね。
無駄にキャビティを拡張しなくて済むように、
EQ用のポットはミニサイズのものを採用。
その背中にプリアンプのユニットを強力な両面テープで張り付け固定。
キャビティに収まる様丁寧に配線をしてきました。
コントロールは1VolにTreble,Bassの2バンドEQ。
ジャックの横に付いているミニスイッチで、
アクティブとパッシブ(プリアンプスルー)を切り替えます。
こういった切替えは、
たとえばスイッチ付きのポットなんかを使用する方法もありますが、
使い勝手では断然こっちですね。
ノブはもう説明不要でしょうか?
畑精密さんのHATAアヤメストレートノブです。
HATAさん得意の高精度なアヤメ(側面のギザギザ)加工は、
まるで鉄工ヤスリ(分かりにくい例え・・・)。
汗でヌルヌルの指でも滑ることは無いと思います。
抜群の操作性。
その他、
サドルが欠品していたブリッジはネジ穴互換品に交換、
錆が出ていたペグやフレットは丁寧に磨き直し、
ボディやネック全体のヤニ、油汚れも出来るだけ除去。
こんな感じで蘇りました。
お預かりしたときには弦を貼れない状態でしたので、
ネックの状態は目視でのみ診断、
「もしかしたらフレットすり合わせまで必要か?」と思っていましたが、
想像以上に狂いの少ない状態で一安心。
ネックポケットにシムは追加させていただきましたが、
それ以外は一般的な調整のみで、
バチッとセットアップが決まりました。
さすがYAMAHA。
楽器として一度ダメになってしまったものを復旧させる作業は、
楽器を1から作ることに似た部分があり、
私の得意分野と言えます。
さらにそこにお客様の思い出なども含まれているものですから、
作業後はなんだか清々しい思いがいたします。
今回も楽しく作業をさせていただきまして、ありがとうございました。