1月は何故か、
フレット交換のご依頼が続いています。
今日のブログはそれもあって、
元々メイプル指板のフレット交換を「サラッと」ご紹介しようと思ってました。
ところがその後、
また新たに工房に持ち込まれたギターを見て状況が一転。
そのフレットの様子があまりにひどいので、
その様子をSNSでご紹介したところ、
大変多くの反響とご質問を頂戴する事態となりまして、
今日は「フレット交換」という修理について、
出来るだけ詳しく解説をさせていただくこととなりました。
内容は・・・重くて長いです。
分かりにくいところございましたら、
何なりとご質問ください。
さて、私がそのSNSに投稿したという写真がこちら。
このギターは、
ご依頼主が他でフレット交換を依頼し、
戻ってきたもの。
パッと見で、フレット周囲の傷具合や、
妙に四角いフレットが気になると思います。
さらには何と、フレット交換直後なのに音詰まりがあり、
フレットのエッジが痛い、音程感がめちゃくちゃ等、
良いところが全くありません。
残念ながら、これは修理とは言えません。
なぜこうなってしまったのでしょうか?
ここからはもう半分説教。
学生たちにエラそうなことを話してた日々を思い出します。
もしこれをご覧になっている方が
リペアマンを目指す志高き学生さんであるならば、
10回は読み返しなさい。
でないと、NAMMショーツアー行かせないよ。
「リペア」という仕事は本当に大変です。
楽器を修理に出すということは、
それがお客様にとって大切な楽器であり、
さらに今後も演奏し続けたいという思いの表れ。
それを引き受けた人間は、
正しい知識と経験を持って、
万全の作業をしなければなりません。
それがプロのリペアマンか、楽器屋の店員か、ギターいじり好きなアマチュアか、
それは何の関係もありません。
引き受けた時点で、とても大きな責任を背負います。
逆に言えば人様の楽器をあずかろうとする人間は、
その時点で修理をするのに十分なスキルを持ちながら、
自分を過信せず、謙虚に作業に臨むことが出来なければなりません。
「安くリペアするから、仕上がりもそれなりで良い」とか
「アマチュアだから、少し失敗してもいい」とか、
そんなことは絶対にありません。
そのような考えをお持ちの方は、
絶対に人様の楽器を扱うべきではありません。
引き受けるからには、
自分が世界最高のリペアマンのつもりで、
誰よりも上手くそのリペアをこなす覚悟で臨んでください。
「練習」とか「趣味」でリペア「ごっこ」をしたい方は、
自分の楽器でやりましょう。
私は楽器技術の専門学校、
そして12年のメーカー勤務を通じて
自分のスキルアップのために精進してきた自負があります。
仕事を通じても多くの経験を積ませていただきながら、
何よりもそのような責任感の持ち方、考え方を叩き込まれました。
まだまだ勉強中の身ではありますが、
偉大なる先輩方の素晴らしい仕事ぶりは脳裏に焼き付いており、
私が目指さなければならない場所はハッキリとしています。
それが今の私の大きな支えです。
残念ながら今回お預かりしたこのギターのフレット交換作業のまずさは、
施工した人間の技術不足によるものですが、
何よりもそういった責任感とか矜持みたいなものが全く感じられず、
非常に残念。
そのせいで私はもう、
激おこぷんぷん丸です。
それではここで、
フレット交換作業の一連の流れをご紹介。
①状態診断
元のギターの状態を詳しく考察。
問題点を洗い出し、この後の作業プランを練る。
②元のフレットを抜く
そのギターに合わせ工具を変えながら慎重にフレットを抜き取る。
フレットの足(指板に埋まっている部分)にはくさび状の突起があるため、
無理な抜き取りは厳禁。
接着剤が使用されているものは熱を加えながら作業を行うこともある。
③指板形状の修正
ネックには多かれ少なかれ歪みが生じているため、
このタイミングで指板面を最適な状態に研削する。
その為メイプル指板の塗膜も一旦除去される。
ビンテージギター等で指板面の状態を維持したい場合等、
例外的にこの工程を行わない場合もある。
④フレット溝の清掃・修復・調整
溝内の異物の除去やフレット抜きによるダメージの修復、
不足している溝深さの切り足しや、溝幅の調整等を行う。
指板の素材や硬さの違い、使用するフレット、
その時々のトラスロッドの効き具合等から、
最適な溝の状態を総合的に判断する。
⑤フレットの準備
フレットサイズ、素材、指板の状態等を考慮し、
フレットのRや足を調節する。
⑥フレットの打ち込み
玄能による手打ちや、プレス機を使用した圧入等で
フレットを指板に打ち込む。
浮きや指板への食い込みがいかに少ないかが技術。
⑦フレットサイドの処理
指板から飛び出たフレットを指板幅に揃え、
フレットサイドの角度を調整、
バリ取り、面取り作業を1本1本行う。
⑧塗装作業
メイプル指板ではほぼ必須の作業。
グリップ側との色合わせ作業も併せて行う。
これまでの工程によっては、
ローズやエボニー指板サイドの塗装補修を行うこともある。
⑨フレットのすり合わせ
打ち込んだままのフレットには高さのバラつきがあるため、
すり合わせ作業を行う。
主に③の作業の実施具合により、
このすり合わせ工程の手間は大きく変わってくる。
⑩ナット交換
フレットが新しくなると、ナットの弦溝の高さが不足しがちなため、
その場合はナットも併せて交換する。
⑪再組込み・セットアップ
新しいフレット・ネックの状態に合わせ全体をセットアップする。
すごく簡単に書いてみると、
こんな感じです。
マニュアル化できる部分は少なく、
ほとんどが施工者の考察力、判断力、経験値に委ねられます。
どの作業を切り取っても、
簡単なものは何一つありません。
「フレット交換」とは言いますが、
フレットを新しくするだけが目的でないのはお分かりいただけるかと思います。
ネックの反りやねじれ、波打ちの解消、
トラスロッドの効き具合の改善、
フレットサイズや素材の変更等、
いろんな目的が含まれています。
最初に紹介した画像の作業をされた方は、
多分塗装設備をお持ちでは無いのでしょう。
ですから指板調整作業等を全て省き、
ネックに何の修正も施さないまま
元々付いていたものよりかなり大きいサイズのフレットを
塗膜の上から無理やり押し込んでいます。
傷を入れることを恐れてか、サイドの削りも甘く、
それをごまかすためにフレットエッジを強引に丸め、
そのせいで結局たくさんの傷を入れてしまいました。
万全とは程遠い状態で装着されたフレットは
高さが相当ばらついていたのでしょうか。
必要以上に新しいフレットの頂点を削ることとなり、
その削った頂点は平らのまま。
おかげでピッチはめちゃめちゃで、
そして残念ながら、
音詰まりのポジションが残ってしまいました。
現在のこのギターの状態を真面目に解説すると、
こんな感じなんだと思います。
ただやはり一番の問題は、
この施工者の方が、
「それでも出来る」と思ってしまったこと。
この判断力の欠如は致命的で、
率直に申し上げてこの方は、
リペアを生業とすべきではありません。
私の感覚では、
塗装設備が無い状態で、
フレット交換リペアを承ることなど出来ません。
メイプル指板は当然ながら、
ローズやエボニーでも同様です。
フレット交換作業中は
予期せぬ塗膜のトラブルが発生することもあり、
塗装環境が無いということは、
それらのリカバリーも出来ないということになります。
もちろんローズ指板やエボニー指板では、
塗装作業をせずにフレット交換が無事完了することも多いです。
ただそれでも、
必要になるかもしれない塗装環境が無い状態で
フレット交換を引き受けてしまうのは、
あまりにも無責任です。
技術、経験、判断力、知識も重要であれば、
道具、工具、設備ももちろん重要。
それらを全てそろえてこそリペアマンです。
私は、
出来ないことは「出来ない」とお伝えします。
上手く行かない可能性があることは、
必ず事前にしっかりとご説明させていただきます。
技術を生業とする者にとっては
悔しいですし恥ずかしいことではありますが、
それも責任の1つだと思います。
次にご相談いただくときには、
ご期待に応えられるよう精進するのみです。
丁度月曜日に、
私もまた別のギターのメイプル指板のフレット交換作業を終えました。
仕上がりはこのようになりました。
メイプル指板のフレット交換作業は
本当に難しいです。
フレットの仕上がり、
塗装の美観的な仕上がり、
相反する二つをどちらも高いレベルでこなさなければなりません。
恥ずかしながら、
100%満足の行く状態に仕上がったことなど
一度もありません。
最初にご覧いただいた方のネックは
ご依頼主とご相談の結果、
全ての作業を私がやり直しさせていただくことになりました。
頑張ります。